スタッフを注意できない院長の5つの対処法

先代から医院を引き継ぎ、院長として毎日診療に立っているあなた。スタッフの遅刻や器具の準備ミス、患者さんへの少しぶっきらぼうな対応に気づいても、いざ口を開こうとすると言葉が喉の奥で止まってしまう。そんな瞬間はありませんか。

「ここで注意したら、また空気が悪くなる」「前の院長はもっとうまく言えていたのに」。そう思ううちに、気づけば見て見ぬふりが習慣になっている。その積み重ねが、じわじわとあなた自身を追い詰めていきます。

注意できないのは、あなたが弱いからではありません。この記事では、注意できない院長が抱える本当の問題と、明日から使える具体的な対処法をお伝えします。

この記事を読むとわかること

  • スタッフを注意できない「本当の原因」が3つに整理できる
  • 関係を壊さずに伝える、コーチングベースの5つの対処法
  • 今日の診療後からすぐ試せる、小さな一歩

スタッフを注意できないとは、単に言葉が出ないという問題ではなく、「嫌われたくない」という不安と「医院を良くしたい」という責任感がぶつかり、身動きが取れなくなっている状態のことです。まずはその正体を、一緒にほどいていきましょう。


目次

なぜ院長はスタッフを注意できなくなるのか

スタッフを注意できないのはなぜかというと、多くの場合、注意そのものが怖いのではなく「注意した後に起こること」が怖いからです。辞められたら、嫌われたら、空気が悪くなったら――その先の想像が、言葉を飲み込ませます。特に前院長と比較されやすい2代目・3代目の先生ほど、この不安は強く働きます。

私自身も、かつて人を指導する立場になったばかりの頃、相手のミスに気づいても「今言うべきか、後にすべきか」と迷っているうちにタイミングを逃し、結局何も言えずに一日が終わることが何度もありました。夜になって「なぜ言えなかったんだ」と自分を責める。あの感覚は、今でもよく覚えています。

厚生労働省の調査では、歯科衛生士の離職率は年間およそ2割を超えるとされ、その退職理由の上位に常に「人間関係」が挙がります。だからこそ院長は、一人でも辞められたら困るという現実的な不安を抱えながら、それでも医院の質を守らなければいけない板挟みの中にいます。

注意できないのは、優しさと責任感の両方を持っているからこそ起こる悩みです。

「嫌われたくない」という不安が先に立つ

注意できない一番大きな理由は、嫌われることへの恐れです。少人数で密に働く歯科医院では、一人のスタッフとの関係が院内全体の空気を左右します。たった一言の注意で表情が曇り、翌日から口数が減ってしまう。その光景を一度でも経験すると、脳が「注意=関係悪化」と学習してしまい、次から言葉が出にくくなるのです。

とりわけ承継したばかりの院長は、まだスタッフとの信頼が十分に育っていません。土台が細い橋の上で、あえて波風を立てる勇気が持てないのは、むしろ自然なことです。

前院長との比較が「基準」を奪う

2代目・3代目の院長を苦しめるもう一つの要因が、前院長という見えない基準の存在です。「前の先生はこういうとき、こう言っていた」という記憶が、スタッフの中にも、そして院長自身の中にも残っています。

たとえば、ベテランの歯科衛生士が器具の消毒手順を自己流に変えていたとします。注意したい。けれど頭をよぎるのは「前の院長はこのやり方を黙認していた」という事実。ここで注意すれば、前院長を否定することになりはしないか。そう考えた瞬間、自分の判断に自信が持てなくなります。比較の呪いは、あなたから「自分の基準で判断していい」という許可を奪うのです。


注意できないまま放置すると何が起きるか

注意を先送りにするとどうなるかというと、問題は消えるどころか、静かに大きくなっていきます。目の前の気まずさを避けたことで、より深い信頼の崩壊を招く――これが放置の最も怖いところです。

まず起こるのは、基準の空洞化です。遅刻やミスが注意されないと、スタッフは「これは許される範囲なのだ」と無意識に学習します。悪意ではありません。ただ、線が引かれていないから、どこまでが許容範囲か分からないだけなのです。やがて時間にルーズな空気が院内に広がり、真面目に頑張っているスタッフほど「なぜ自分だけきちんとやっているのか」と不公平感を募らせていきます。

次に起きるのが、院長自身の消耗です。言えなかった不満は消えず、心の中に澱のように溜まっていきます。ある日、些細なことをきっかけに感情が爆発し、普段の何倍もきつい言い方をしてしまう。すると今度は「あの院長は突然怒り出す」という印象だけが残る。溜め込んだ末の爆発は、日々の小さな注意よりもはるかに関係を傷つけます。

以下は、注意を「その都度伝える場合」と「溜め込む場合」で、院内に起こる変化を比較したものです。

観点その都度、丁寧に伝える言えずに溜め込む
スタッフの受け止め「見てくれている」と感じる「急に怒られた」と感じる
院内の基準少しずつ明確になる曖昧なまま形骸化する
院長の心理状態その場で完結し軽い不満が蓄積し重くなる
信頼関係対話のたびに厚くなる爆発の一撃で崩れる
定着率安心感から安定する不公平感から離職が増える

沈黙は優しさではなく、問題の先送りです。その事実に気づくことが、対処の出発点になります。


スタッフを注意できない3つの根本原因

スタッフを注意できない原因は何かというと、大きく3つに整理できます。表面的な「勇気がない」で終わらせず、根っこを見ていきましょう。原因が分かれば、対処すべき場所も自然と見えてきます。

私自身、かつて人間関係に悩んでいたとき、うまくいかない理由を「自分の性格が優柔不断だから」の一言で片付けていました。けれど本当の原因はもっと構造的なところにあったのです。同じように悩む先生に、まずこの3つを確認していただきたいと思います。

原因1|注意と人格否定を混同している

一つ目の原因は、注意することを「相手を否定すること」と無意識に結びつけていることです。行動を指摘したいだけなのに、頭の中では「この人を傷つけてしまう」という物語が再生される。だから言えなくなります。

たとえば、受付スタッフの電話対応が少しそっけないと感じたとき。「その言い方は冷たい」と伝えるのは人格への評価ですが、「今の電話、患者さんが不安そうだったから、もう一言添えられるといいね」と伝えるのは行動への提案です。この二つはまったく別物なのに、混同していると、後者まで言えなくなってしまうのです。

原因2|「良い院長=波風を立てない院長」という思い込み

二つ目は、理想の院長像を「誰からも好かれる、穏やかな人」に設定していることです。この定義でいる限り、注意は理想から外れる行為になり、避け続けることになります。

けれど、スタッフが本当に求めているのは、いつも笑顔の院長ではありません。スタッフが安心して働けるのは、良いことも直すべきことも、きちんと言葉にしてくれる院長のもとです。基準を示してくれる人がいるからこそ、スタッフは迷わず動けるのです。

原因3|信頼残高が足りていない

三つ目は、注意を受け止めてもらうだけの信頼関係が、まだ十分に育っていないことです。人は、信頼している相手からの指摘は素直に受け取れますが、そうでない相手からだと反発します。承継直後の院長は、この「信頼残高」がまだ少ない状態からスタートするため、同じ注意でも重く響いてしまうのです。

つまり、注意がうまくいかない背景には、日々の関わりの薄さが隠れています。裏を返せば、普段の信頼を積み上げておけば、注意はぐっと伝わりやすくなるということです。


関係を壊さず注意する5つの対処法

ここからは、関係を壊さずにスタッフへ伝えるための5つの対処法を紹介します。どうすれば注意できるようになるかというと、コーチングの基本である「行動に焦点を当て、相手の思考を引き出す」という考え方が土台になります。難しい技術ではなく、明日から一つずつ試せるものばかりです。

対処法1|事実と行動だけを、その場で短く伝える

最初の一歩は、注意を「事実の共有」にまで小さくすることです。評価や感情を乗せず、起きた事実と望ましい行動だけを、できるだけその場で短く伝えます。

たとえば遅刻が続くスタッフには、「最近どうしたの」と探るのではなく、「今週2回、朝礼に間に合っていなかったね。何か事情があれば聞かせてほしいし、なければ5分前には入れるようにしてほしい」と伝えます。事実・希望・確認の3点だけ。注意は短いほど、相手の心に余計な棘が刺さりません。溜め込んで長く語るより、その場で30秒。これが基本です。

対処法2|「私」を主語にしたIメッセージで伝える

二つ目は、主語を「あなた」から「私」に変えることです。「あなたは配慮が足りない」と言われると人は身構えますが、「私は、患者さんが不安になっていないか心配なんだ」と言われると、素直に耳を傾けやすくなります。

これはIメッセージと呼ばれる伝え方で、相手を責めるのではなく、自分がどう感じ、何を大切にしているかを開示する方法です。医院として何を大事にしたいのかを「私」の言葉で語ることで、注意は指示ではなく、価値観の共有に変わります。

対処法3|答えを渡さず、問いで考えてもらう

三つ目は、正解を押しつけるのではなく、問いを投げて相手自身に考えてもらうことです。コーチングの核心はここにあります。

器具の準備にミスが多いスタッフに「ちゃんと確認して」と言うだけでは、行動は変わりません。「準備の段階で、どこがいちばん抜けやすいと感じる?」と問いかけると、スタッフ自身が「最後の見直しを飛ばしがちです」と原因に気づきます。自分で見つけた答えは、他人に指示された答えより、はるかに長く定着します。人は、命じられたことより、自分で気づいたことで変わるのです。

対処法4|良い点を伝える回数を、注意の何倍にもする

四つ目は、注意そのものよりも、普段の関わりを見直すことです。フィードバックには「できていること(Keep)」と「変えてほしいこと(Change)」の両方が必要ですが、多くの院長は後者ばかりに偏りがちです。

日頃から「さっきの声かけ、患者さん安心してたよ」「片付け、いつも助かってる」と良い点を具体的に伝えておく。その積み重ねが対処法5の信頼残高になり、いざ注意が必要なときに「この院長は普段からちゃんと見てくれている」という前提が効いてきます。良い点を伝える回数が、注意を受け止める器の大きさを決めるのです。

対処法5|1対1で話す場を定期的に持つ

五つ目は、注意を「特別なイベント」にしないことです。問題が起きたときだけ呼び出して話すと、その面談自体が緊張の場になってしまいます。

月に一度でいいので、一人ひとりと10分でも1対1で話す時間を定例化してみてください。普段から話す関係ができていれば、気になることも「そういえば、この前の対応なんだけど」と自然に切り出せます。定期的な対話の場があること自体が、注意のハードルを大きく下げてくれます。面談の設計や進め方に不安がある場合は、外部の専門家に伴走してもらうのも一つの方法です。


今日からできる、小さな一歩

対処法を知っても、明日いきなり全部を実践するのは大変です。だからこそ、今日の診療後にできる小さな一歩から始めましょう。何から手をつければいいか分からない、という方へ、具体的な行動を提案します。

まずおすすめしたいのは、「注意したいこと」を紙に一つだけ書き出すことです。頭の中にある漠然とした不満を、「朝礼への遅刻」「電話対応の一言」のように、事実と行動のレベルまで具体化します。書き出すだけで、それが人格の問題ではなく、変えられる行動の話だと見えてきます。

次に、その一つを、対処法1の「事実・希望・確認」の型に当てはめて、口に出す言葉を用意しておきます。準備した言葉があるだけで、いざというとき喉で止まらなくなります。

そして、注意の前に一度、そのスタッフの良い点を声に出して伝えてみてください。順番はどちらでも構いません。大切なのは、あなたが「注意する人」ではなく「見ている人」だと、日々の関わりで示しておくことです。

完璧に伝えようとしなくて大丈夫です。ぎこちなくても、伝えようとする姿勢そのものが、スタッフには届きます。一日ひとつ、小さな一歩を積み重ねていきましょう。


まとめ|注意は、医院を守る愛情表現

スタッフを注意できないという悩みは、あなたが冷たいからでも、リーダーに向いていないからでもありません。むしろ、人を大切にしたいという優しさと、医院を良くしたいという責任感を、両方持っているからこそ生まれる葛藤です。

注意できない背景には、嫌われたくない不安、前院長との比較、そしてまだ育ちきっていない信頼残高という3つの原因がありました。そして、事実と行動だけを短く伝えること、Iメッセージを使うこと、問いで考えてもらうこと、良い点を何倍も伝えること、1対1の場を持つこと――この5つが、関係を壊さずに伝える道筋になります。

私自身、人間関係に悩み、言うべきことを飲み込んでは自分を責めていた時期がありました。けれど、伝え方を少しずつ変えるだけで、相手との関係はむしろ深まっていくのだと知りました。注意とは、相手と医院の未来を信じているからこそできる、静かな愛情表現なのです。

とはいえ、一人で抱え込むと、どうしても客観的な視点を失いがちです。プラムチャンでは、医科・歯科に特化したコーチングやコミュニケーション研修、スタッフ面談の代行を通じて、院長先生が「言いたいことを、伝わる形で言える」状態づくりをお手伝いしています。スタッフとの関係に悩んだときは、どうか一人で抱えず、まずはお気軽にご相談ください。


よくある質問

Q. 注意するとスタッフが辞めそうで怖いです。
A. 適切な注意で辞める人はまれです。辞める多くは、放置による不公平感が原因です。

Q. ベテランスタッフにはどう注意すればいいですか。
A. 経験への敬意を先に伝え、やり方ではなく目的を共有する形で相談として切り出しましょう。

Q. 感情的になりそうなときはどうすれば。
A. その場では事実だけ伝え、詳しい話は日を改めます。溜め込まず、短く区切るのがコツです。

Q. 注意した後に空気が悪くなったら。
A. 翌日いつも通り接し、良い点を一つ伝えます。関係は注意の後の関わりで回復します。

Q. どこまでが注意すべき範囲ですか。
A. 患者さんの安全と、他のスタッフの公平感に関わることは、迷わず伝える範囲です。

この記事を書いた人

梅田 亮のアバター 梅田 亮 代表取締役

株式会社PlumChan 代表取締役。医科・歯科専門でコーチング技術を用いたコミュニケーション研修やスタッフ面談代行を行い、心理的安全性の高い職場づくりを行っています。

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