クレーム対応マニュアルだけでは、歯科医院のチームは守れません
「患者様への上手な切り返し方」「クレームを引き出さない言葉遣い」——世の中には、患者に対してどう振る舞うかを教えてくれる情報はたくさんあります。ですが、クレームやカスタマーハラスメントが起きたあと、受付やアシスタントの心の中で何が起きているかに目を向けている情報は、驚くほど少ないのが実情です。
先代から医院を承継されて2〜3年目の院長先生であれば、こんな経験に心当たりがあるのではないでしょうか。理不尽なクレームを受けたスタッフに「大丈夫?」と声をかけたつもりが、その後も表情が硬いまま。数週間後、何となく元気がないと思っていたら、突然「一身上の都合で」と退職届が出てくる。院長としては真剣に患者対応をしたつもりなのに、気づけばチームの空気がぎすぎすしていて、前院長の頃はこんなことはなかったのに、と比較されているような気持ちになる——。
クレーム対応で本当に傷ついているのは、目の前の患者ではなく、その後ろで対応し続けているスタッフです。 この記事では、患者対応のテクニック論ではなく、クレーム対応「後」に院長がスタッフの心をどうケアし、コーチング的な関わり方でチームを立て直すかという視点でお伝えします。
私自身、コーチとして医院様のご相談を伺う中で、承継直後の院長先生が「スタッフとの関係の作り方が分からない」と悩む姿を数えきれないほど見てきました。前院長のようにカリスマ性で引っ張ることもできず、かといって強く指示することもできず、板挟みになっている院長先生は本当に多いのです。クレーム対応後のスタッフケアは、その悩みが最も顕著に表れる場面のひとつだと感じています。
クレーム対応後、スタッフの心の中で起きていること
まず理解しておきたいのは、クレーム対応は「その場が収まれば終わり」ではないということです。患者が笑顔で帰った後も、対応したスタッフの中では出来事が何度も再生され続けます。
「怒られた記憶」は本人の中で繰り返し再生される
心理学では、強いストレスを伴う出来事は反芻思考(はんすうしこう)と呼ばれる形で頭の中に繰り返し浮かび上がることが知られています。受付で理不尽な言葉を浴びせられたスタッフは、診療が終わった後も、家に帰ってからも、「あの時こう言えばよかった」「自分の対応が悪かったのかもしれない」と一人で反芻し続けていることが少なくありません。表面上は普段どおりに見えても、心の中では出来事がまだ終わっていないのです。
「自分の対応が悪かったのでは」という自責感が積み重なる
クレームを受けたスタッフの多くは、原因が医院の予約システムや説明不足にあったとしても、まず自分を責めます。特に真面目で責任感の強いスタッフほどこの傾向が強く、自責感が積み重なると「自分はこの仕事に向いていないのでは」という自己効力感の低下につながります。厚生労働省の調査でも、対人サービス業における顧客からの著しい迷惑行為(いわゆるカスタマーハラスメント)を経験した従業員のうち、多くが強いストレスや心身への不調を感じたと回答しており、医療現場も例外ではありません。
誰にも共有されないまま「なかったこと」にされてしまう
さらに深刻なのは、クレーム対応が院長やチームの中で共有されず、その場限りの出来事として処理されてしまうケースです。スタッフからすれば、自分が傷ついた出来事が誰にも知られず、まるで「なかったこと」のように扱われることで、二重の孤独を感じてしまいます。
スタッフが疲弊し、離職へと向かう3つの原因
クレーム対応そのものよりも、その「後」の院長やチームの関わり方が、スタッフの疲弊を長引かせ、最終的な離職につながっていきます。原因は主に3つに整理できます。
原因1|クレーム対応を「業務の一部」として片づけてしまう
「接客業だから仕方ない」「クレームはどこにでもある」——院長がこうした前提でクレームを扱ってしまうと、スタッフは自分の感情を出す場を失います。業務としては正しく対応できていても、感情面のケアが抜け落ちてしまうのです。
原因2|院長がクレームの「事実」しか聞かず、「気持ち」を聞かない
「何があったの」「相手は何て言ってたの」と事実確認だけで終わってしまう院長は少なくありません。もちろん事実確認は必要ですが、それだけで会話が終わると、スタッフは「自分がどう感じたか」を誰にも話せないまま仕事に戻ることになります。前院長と比較されがちな2代目・3代目の院長先生ほど、「早く元通りに業務を回さなければ」という焦りから、事実確認だけで済ませてしまう傾向が見られます。
原因3|フォローのタイミングが「その日限り」で終わってしまう
クレーム当日には声をかけても、翌週、翌月にはもうその出来事について触れられなくなる——これもよくあるパターンです。ですが、スタッフの心の回復には時間がかかります。一度きりの声かけで終わらせてしまうと、スタッフは「もう忘れられている」と感じ、次にクレームが起きたときに「どうせ誰も助けてくれない」という諦めにつながってしまいます。
院長にできるコーチング的スタッフケアの基本姿勢
ここからは、コーチング的な関わり方でスタッフの心をケアし、チームを立て直すための考え方をお伝えします。ポイントは「指導」ではなく「傾聴」と「承認」です。
まず「正しさ」より先に「気持ち」を聞く
クレーム対応の振り返りをする際、多くの院長は無意識に「何がまずかったか」を先に確認しようとします。しかし最初にすべきことは、事実の検証ではなく、「怖かったよね」「悔しかったよね」とスタッフの感情をそのまま受け止めることです。これはコーチングにおける「傾聴」の基本であり、感情を言語化してもらうプロセスそのものが、心の負担を軽くする効果を持ちます。
評価や指導は、気持ちが落ち着いてから
「次からはこう対応しよう」という指導は必要ですが、そのタイミングが早すぎると、スタッフは「責められた」と受け取ってしまいます。まずは気持ちを受け止め、本人が落ち着いてから、「一緒に振り返ってみようか」と対等な立場で振り返りの時間を持つことが大切です。
「あなたの対応は間違っていなかった」という承認を言葉にする
私自身、複数の医院様のスタッフ面談代行を通じて実感しているのは、スタッフが本当に求めているのは「正しい対応方法」以上に、「あなたは悪くなかった」という院長からの明確な承認だということです。この一言があるかないかで、スタッフがその出来事をどう記憶するかが大きく変わります。逆にこの承認がないまま時間が過ぎると、「自分のせいだ」という思い込みだけが残り、次第に医院そのものへの不信感に変わっていきます。
クレーム対応”直後”に院長がすべき具体的アクション
考え方だけでなく、実際に「いつ」「何を」すればよいのかを整理します。
当日中に「1分でいいから声をかける」
クレーム対応があった当日、診療の合間や終業時に「さっきは大変だったね、大丈夫?」と一言かけるだけで構いません。長い時間を取る必要はなく、「見てくれている」という事実がスタッフの安心感につながります。忙しい院長先生にとっても、1分であれば取り入れやすいはずです。
翌日以降にあらためて振り返りの時間を持つ
当日はまだ気持ちが落ち着いていないことが多いため、翌日や数日後に、あらためて「あの件、その後どう?」と聞く時間を意図的に作ります。診療の合間の立ち話でもよいですが、可能であれば5〜10分でも個別に話せる時間を確保すると、スタッフは「一度きりで終わらせない院長」だと感じ、信頼が積み重なっていきます。
チーム全体にも「共有」と「感謝」を伝える
クレーム対応をした本人だけでなく、その場をフォローした周囲のスタッフにも目を向けます。「今日はみんなでよくフォローしてくれた、ありがとう」とミーティングなどで一言添えるだけで、対応した本人は孤立感から解放され、チーム全体にも「困ったときは支え合う医院なんだ」という安心感が育ちます。
再発時にも揺らがないチームをつくる仕組み化
その場のケアだけでなく、クレーム対応を「個人の忍耐力」に頼らず、チームの仕組みとして扱うことが、長期的な定着率向上につながります。
クレーム内容と対応をチームで記録・共有する
起きたクレームの内容と、スタッフがどう対応したかを簡単でよいので記録し、朝礼やミーティングで共有します。これにより「自分だけが大変な思いをしている」という孤立感が薄れ、医院全体で受け止める文化が育ちます。実際に、こうした記録を始めた医院様では、半年後のスタッフアンケートで「困ったときに相談しやすくなった」という声が増えたという報告もいただいています。
「一人で抱えなくていい」というルールを明文化する
クレームやカスタマーハラスメントに近い言動があった場合、対応を交代してよい、必要であれば院長やチーフを呼んでよい、というルールをあらかじめ決めておきます。ルールとして明文化されていることで、スタッフは「助けを求めてもいいんだ」と安心して行動できるようになります。
院長自身が「聞く姿勢」を学び続ける
コーチング的な関わり方は、一度学んで終わりではなく、日々の関わりの中で磨かれていくものです。院長先生ご自身が「傾聴」「承認」「質問」といったコーチングの基本スキルを継続的に学ぶことで、クレーム対応後だけでなく、日常のあらゆる場面でスタッフとの信頼関係が積み重なっていきます。
まとめ|クレームは「チームを壊す出来事」から「チームを強くする出来事」に変えられる
患者からのクレームやカスタマーハラスメントは、残念ながらゼロにすることはできません。ですが、クレーム対応「後」に院長がどう関わるかによって、その出来事がチームを疲弊させるものになるか、逆にチームの結束を強めるものになるかが変わります。
事実確認だけで終わらせず、まず気持ちを聞くこと。その日限りで終わらせず、継続的にフォローすること。個人の頑張りに任せきりにせず、チームの仕組みとして支え合う文化をつくること。この3つを意識するだけで、スタッフの表情も、医院の空気も、少しずつ変わっていきます。
前院長と比較され、「自分にはカリスマ性がない」と悩む必要はありません。コーチング的な関わり方は、カリスマ性がなくても、誠実にスタッフと向き合う姿勢さえあれば誰でも実践できるものです。もし「頭では分かっていても、実際にどう声をかければいいか分からない」「一人で抱え込んでしまっている」と感じていらっしゃるなら、ぜひ一度、まずは無料体験説明会でお話を聞かせてください。
💡 スタッフを支える院長を、コーチングが支えます
よくある質問
Q1. クレーム対応後、スタッフに声をかけても「大丈夫です」としか返ってきません。どうすればいいですか?
「大丈夫です」という返事は、本当に大丈夫な場合もあれば、遠慮や気遣いから出ている場合もあります。無理に本音を引き出そうとせず、「そう言ってくれて安心したよ、でも何かあったらいつでも話してね」と伝え、継続的に声をかけ続けることが大切です。一度で心を開いてもらえなくても、繰り返し関わることで少しずつ信頼が育っていきます。
Q2. スタッフによって傷つき方の程度が違うようです。全員に同じ対応でいいのでしょうか?
同じクレームでも、受け止め方は人によって大きく異なります。過去の経験や性格によって、深く傷つくスタッフもいれば、比較的早く切り替えられるスタッフもいます。画一的な対応ではなく、それぞれの表情や様子を見ながら、声をかける頻度や深さを調整することが望ましいです。
Q3. 院長が忙しく、クレーム対応後にゆっくり話す時間が取れません。
理想は個別の面談時間ですが、忙しい場合はまず「1分の声かけ」から始めて構いません。重要なのは時間の長さではなく、頻度と継続性です。診療の合間の一言や、帰り際の「今日もお疲れさま、大変だったね」という短い声かけを積み重ねるだけでも、スタッフの安心感は大きく変わります。
Q4. カスタマーハラスメントに近い悪質なクレームがあった場合、院長はどこまで介入すべきですか?
明らかに理不尽な言動やハラスメントに該当する場合は、スタッフ一人に対応を任せきりにせず、院長やベテランスタッフが対応を引き継ぐ体制をあらかじめ決めておくことが重要です。「一人で抱えなくていい」というルールを事前に明文化しておくことで、スタッフは安心して助けを求めることができます。
Q5. クレーム対応後のケアを続けても、スタッフの離職が減らない場合はどうすればいいですか?
クレーム対応後のケアは重要な要素ですが、それだけで離職のすべてを防げるわけではありません。医院全体のコミュニケーションの土台づくりが必要な場合もあります。院長お一人で抱え込まず、外部のコーチングやスタッフ面談代行といった専門的なサポートを取り入れることも、有効な選択肢のひとつです。
一人で抱え込まず、まずはお話を聞かせてください


