「そんなつもりじゃなかった」その一言が、スタッフを追い詰めていたとしたら
診療の合間に、つい強い口調でスタッフに指示を出してしまった。ミスを指摘したつもりが、次の日から相手の表情が硬くなった。心当たりのある院長は、決して少なくありません。
私自身も、開業医のコーチングに携わる中で「まさか自分がパワハラだと思われているとは思わなかった」と肩を落とす院長に何人もお会いしてきました。ある2代目院長は、前院長の代からいる歯科衛生士に対して「早くして」と急かした一言がきっかけで、翌週その衛生士から「詰められているようで怖い」と人事担当(実際は院長の奥様)に相談が入り、初めて自分の言動を振り返ったといいます。
厚生労働省の令和5年度「職場のハラスメントに関する実態調査」でも、パワーハラスメントの相談が多い業種として医療・福祉分野が上位に挙がっており、歯科医院のような少人数・密室型の職場は特に構造的にリスクが高いとされています。悪気のない一言が、相手の受け取り方次第でパワハラに変わるということを、まず知っておく必要があります。
前院長と比較される院長ほど陥りやすい
前院長と比較され、経営者としての余裕を失っている2代目・3代目院長ほど、この落とし穴にはまりやすい傾向があります。「早く一人前として認められたい」という焦りが、指導の言葉を必要以上に強くしてしまうからです。
本人に自覚がないまま進行する
パワハラの怖さは、加害側に自覚がないまま進行する点にあります。指摘された時にはすでにスタッフとの信頼関係が崩れ、退職や労働問題に発展してから気づくケースが後を絶ちません。歯科医院の場合、ユニットの数だけスタッフとの距離が近く、院長の表情や声のトーンの変化にスタッフは想像以上に敏感です。院長本人が「いつも通り」のつもりでも、機嫌の良し悪しがそのまま診療室の空気を左右してしまうことを、まず自覚しておく必要があります。
「相談する場所がない」ことが問題を長期化させる
一般企業であれば人事部やコンプライアンス窓口が間に入りますが、歯科医院にはそうした緩衝材が存在しません。スタッフが不満を抱えても、直属の上司である院長本人にしか相談できず、結果として誰にも言えないまま我慢を続け、ある日突然の退職という形で表面化することが少なくないのです。
「厳しすぎる院長」と「注意できない院長」の間で揺れる歯科医院の現実
歯科医院の院長が抱える悩みは、実は両極端です。一方には注意ができず組織が緩んでしまう院長がいて、スタッフを注意できない院長の5つの対処法で紹介したような悩みを抱えています。もう一方には、逆に「なめられたくない」という気持ちが強すぎて、指導が高圧的になってしまう院長がいます。
この二つは正反対に見えて、根っこは同じです。どちらも「スタッフとの適切な距離感が分からない」という一点に集約されるのです。
歯科医院は院長・歯科衛生士・歯科助手・受付スタッフという少人数のチームで、上下関係と人間関係が濃密に混ざり合う職場です。一般企業のように人事部が間に入ることもなく、院長の一言がそのままダイレクトにスタッフの働きやすさを左右します。だからこそ、院長自身の言動の癖に、誰よりも早く院長本人が気づく必要があるのです。
密室性が問題を見えにくくする
診療室やユニット周りでのやり取りは、患者さんの前で交わされることも多く、第三者が客観的に指摘しにくい環境です。結果として、問題のある言動が長期間放置されがちです。
「指導」と「圧力」の境界線があいまい
臨床技術に厳しい院長ほど、「これくらい当然」という基準を無意識にスタッフへ当てはめてしまい、指導のつもりが人格否定に近い圧力になっていることがあります。特に院長自身が優秀な臨床家であるほど、「なぜこれができないのか」という疑問が先に立ち、相手の経験値や習熟度への配慮が後回しになりがちです。
世代によって「厳しさ」の受け取り方が違う
同じ強さの指摘でも、受け取るスタッフの世代や価値観によって感じ方は大きく異なります。若手スタッフほど、頭ごなしの指摘に強いストレスを感じる傾向があり、院長世代の「これくらい普通」という感覚とのズレが、パワハラと受け取られる温床になっています。
気づかないうちに言動がパワハラ化する3つの原因
なぜ悪意のない院長の言動が、パワハラと受け取られてしまうのでしょうか。臨床現場でよく見られる原因は、大きく3つに整理できます。
原因1:忙しさが「余裕のなさ」として言葉に出る
診療時間に追われる中で発する一言は、どうしても短く、強くなりがちです。院長にとっては単なる事実確認のつもりでも、受け手には「怒られた」という記憶だけが残ります。
原因2:前院長との比較というプレッシャーが指導を歪める
「前院長ならこうしなかった」という周囲の視線を感じている院長ほど、必要以上に厳格な指導で自分の立場を示そうとしてしまいます。これは経営者として自然な防衛反応ですが、スタッフから見ると突然の高圧的な態度に映ります。
原因3:フィードバックの「型」を持っていない
指摘すべき事実と、感情的な苛立ちが分離できていないと、伝え方は毎回ぶれます。ある月は優しく、ある月は突然厳しく、という一貫性のなさこそが、スタッフに「地雷を踏んだかもしれない」という恐怖を生み、結果的にパワハラ的な空気として記憶されるのです。
院長の言葉のブレそのものが、スタッフの安心感を奪っているということに、多くの院長はなかなか気づけません。
今日からできる予防法|伝え方を変える5つの具体アクション
原因が分かれば、対策は決して難しいものではありません。臨床の合間でも実践できる具体的なアクションを紹介します。
アクション1:注意は「事実」から始める
「なんでできないの」ではなく、「今の手順ではここが違っていた」と、まず事実だけを伝えます。評価や感情を後から付け加えないだけで、受け取られ方は大きく変わります。
アクション2:1対1で伝える場を意識してつくる
患者さんやほかのスタッフの前での指摘は避け、落ち着いて話せる場を設けます。定期的な対話の型を持っておくと、指摘のタイミングそのものが特別な緊張を生まなくなります。進め方に迷う場合は、歯科医院のスタッフ面談1on1完全ガイド|質問例と進め方が参考になります。
アクション3:指摘のあとに必ず「期待」を添える
「ここを直してほしい。あなたにはできると思っている」という一言を添えるだけで、指摘は攻撃ではなく期待として伝わります。
アクション4:自分の口癖を録音・言語化してみる
診療中の自分の言葉を、あえて意識して振り返ってみることをおすすめします。多くの院長が「思っていたより語尾がきつい」「否定形が多い」と自覚し、それだけで改善が進みます。
アクション5:スタッフからのフィードバックを受け取る仕組みを持つ
院長自身がスタッフから率直な意見をもらえる関係性は、パワハラ予防の最大のセーフティネットです。「言われる前に気づける院長」こそが、長く信頼される院長です。無記名のアンケートや、外部の第三者を通じたヒアリングなど、直接言いにくいことを間接的に拾い上げる仕組みを持っておくと、小さな違和感の段階で対処できます。
アクション6:感情的になった直後は、その場で謝る勇気を持つ
どれだけ気をつけていても、忙しさの中でつい強い口調になってしまう瞬間はあります。大切なのは、その直後に「さっきは言い方がきつかった」と素直に伝えられるかどうかです。この一言があるだけで、スタッフの受け止め方は大きく変わります。完璧な院長を目指すより、間違いに気づいたときにすぐ修正できる院長の方が、結果的に信頼を積み重ねていけます。
それでも難しいときは|第三者の視点を取り入れる仕組みづくり
とはいえ、自分ひとりで自分の言動の癖に気づくのは簡単ではありません。診療と経営に追われる院長が、日々のコミュニケーションを客観視する時間を確保するのは、現実的に難しいものです。
だからこそ、外部の視点を定期的に入れる仕組みが有効です。組織として心理的安全性の土台を整えることは、院長個人の言動改善と並行して取り組む価値があります。土台づくりの具体的な進め方は、歯科医院の心理的安全性の作り方|院長の実践5ステップでも詳しく解説しています。
コーチングを通じて自分の話し方の癖をフィードバックしてもらった院長からは、「指摘のつもりが命令口調になっていたと初めて指摘され、目が覚めた」という声を数多くいただきます。自分では気づけない癖こそ、第三者に映してもらう価値があるのです。
また、スタッフとの面談を院長自身が行うのではなく、あえて外部の専門家に代行してもらうという選択肢も有効です。院長本人が同席しない場だからこそ、スタッフは本音を話しやすくなり、院長の言動について率直な意見が集まりやすくなります。こうした仕組みを持たないまま問題を放置すると、最終的にスタッフが直接院長に不満をぶつけるのではなく、突然の退職という形で表面化してしまうこともあります。早めに第三者の視点を取り入れることは、そうした事態を防ぐ予防策にもなるのです。
まとめ|スタッフに信頼される院長であり続けるために
パワハラは、特別に意地の悪い院長だけが起こすものではありません。忙しさ、プレッシャー、伝え方の型のなさが重なったとき、誰にでも起こりうるものです。だからこそ「自分は大丈夫」と思わず、日々の言動を振り返る姿勢そのものが、最大の予防策になります。
事実から伝える、1対1の場をつくる、期待を添える。小さな積み重ねが、スタッフとの信頼関係を守ります。前院長と比較されるプレッシャーの中で、つい言葉に力が入ってしまうのは自然なことです。大切なのは、それに気づいたときにどう修正していくかです。
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よくある質問
Q1. 悪気がなくても、パワハラだと訴えられることはありますか?
はい、あります。パワハラの認定は行為者の意図ではなく、受け手が「人格や尊厳を傷つけられた」と感じたかどうかが重視されます。悪気がなくても、繰り返しの強い口調や否定的な言葉が積み重なれば、パワハラと受け取られる可能性は十分にあります。
Q2. 患者さんの前でスタッフを注意してしまいました。どう挽回すればいいですか?
まずはできるだけ早いタイミングで、そのスタッフに個別に声をかけ、「さっきは場所を選ばず申し訳なかった」と一言伝えることが大切です。放置すると、恥をかかされたという感情だけが残ってしまいます。
Q3. 厳しく指導しないと技術が伸びないのではと心配です。指導とパワハラの違いは何ですか?
指導は「行動」に焦点を当て、相手の成長を目的とします。一方でパワハラ的な言動は「人格」への否定や威圧が含まれ、相手を萎縮させることが目的化してしまいます。指摘のあとに「期待」や「次への具体的な行動」を添えられているかどうかが、大きな判断基準になります。
Q4. 院内に相談窓口を作った方がいいのでしょうか?
少人数の歯科医院では専任の相談窓口を置くことは難しいケースが多いですが、院長以外にも話せる相手(外部のコーチや面談代行サービスなど)を用意しておくことは有効です。スタッフが安心して声を上げられる経路があるだけで、問題の早期発見につながります。
Q5. 自分の言動の癖に、自分ひとりで気づく方法はありますか?
完全に一人で気づくのは難しいものですが、1日の終わりに「今日、強い口調で話した場面はなかったか」を振り返る習慣をつけるだけでも効果があります。より客観的なフィードバックを得たい場合は、外部のコーチングやスタッフアンケートを活用する方法もあります。
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