「気づけばスタッフが二つに分かれている」その違和感の正体
朝礼で誰も目を合わせない、休憩室に入ると会話が止まる、特定のスタッフの周りにだけ人が集まる——院長に就任してしばらく経った頃、そんな空気の変化に気づいて、言葉にならない不安を感じたことはないでしょうか。
「スタッフ同士は仲が良い」と思っていた医院ほど、実は水面下で分断が進んでいることが少なくありません。表面上は笑顔で挨拶を交わしていても、実際には勤続年数の長いベテラン組と、最近入った若手組との間に見えない境界線が引かれている。院長であるあなたにだけ、その境界線が見えていない、というケースも珍しくないのです。
私自身、複数の歯科医院でコーチングやスタッフ面談代行に携わる中で、この「気づいたら派閥ができていた」という相談を数えきれないほど受けてきました。特に多いのが、先代から医院を引き継いで2〜3年目の院長先生からのご相談です。前院長の時代から働くベテランスタッフを中心にグループが形成され、新しく採用した若手がそこに馴染めずに孤立し、結果として短期間で辞めてしまう。この負のサイクルに、多くの後継ぎ院長が悩まされています。
この記事では、「お局スタッフ個人の性格の問題」として片付けられがちなこのテーマを、あえて組織における対立構造の問題として捉え直します。個人攻撃でも精神論でもなく、なぜその構造が生まれ、どう向き合えば崩していけるのかを、具体的なステップとともにお伝えしていきます。
なぜ歯科医院で「派閥」が生まれてしまうのか
派閥やお局問題は、決して特定の医院だけに起こる特殊な現象ではありません。歯科医院という職場の構造そのものに、対立が生まれやすい土壌があるのです。
まず前提として、歯科医院は歯科衛生士・歯科助手・受付など、女性スタッフが大多数を占める職場です。少人数かつ閉鎖的な空間で、毎日同じメンバーと長時間顔を合わせる。この環境では、勤続年数や経験値による非公式な序列が自然発生しやすく、いったんグループが固定化すると、それが「派閥」として機能し始めます。院内の求人サイトの調査でも、歯科衛生士の離職理由の上位に「職場の人間関係」が繰り返し挙げられており、これは業界特有の構造的な課題であることがうかがえます。
さらに承継直後の医院には、もう一つ特有の事情があります。それが「権力の空白」です。先代院長が長年築いてきた人間関係やパワーバランスが、代替わりのタイミングで一時的に不安定になります。この空白を埋めるように、勤続年数が長く現場を知り尽くしたベテランスタッフが、非公式なリーダーとして台頭してくるのです。悪気があるわけではなく、むしろ「新しい院長を支えなければ」という善意から始まっていることも多いのですが、その影響力が強くなりすぎると、いつしか本人の意向がグループ全体の意向であるかのように扱われ、対立構造が固定化していきます。
ここで重要なのは、「お局」と呼ばれる存在は原因ではなく、構造がつくり出した結果であることが多いという視点です。個人を敵視して排除しようとしても、同じ構造が残っていれば、また別の誰かが同じポジションに収まるだけです。問題の本質は、特定の人物の性格ではなく、院内に「非公式な序列を生みやすい仕組み」が残ってしまっていることにあります。
派閥・お局問題を引き起こす3つの原因
構造の問題だとお伝えしましたが、では具体的に何が対立構造を生み出しているのでしょうか。私がこれまで関わってきた医院に共通していたのは、主に次の3つの原因でした。
原因1:評価基準があいまいで、経験年数だけが序列を決めている
多くの歯科医院では、給与や役割分担の基準が明文化されておらず、「長く勤めている人が偉い」という暗黙のルールだけが医院を支配しています。技術力や患者対応の質ではなく、在籍年数がそのまま発言力に直結してしまうため、若手がどれだけ努力しても評価されず、ベテラン層の意向がすべてに優先される空気ができあがります。ある医院様では、入職半年の歯科衛生士が積極的に改善提案をしたところ、ベテランスタッフから「まだ何もわかっていないくせに」と一蹴され、以降誰も意見を言わなくなってしまったというケースがありました。評価の物差しがない職場では、年数という一番わかりやすい物差しが権力に変わってしまうのです。
原因2:院長がベテランに気を遣い、公平なルールを作れていない
継承したばかりの院長は、先代の時代から医院を支えてきたベテランスタッフに対して、どうしても遠慮が生まれがちです。「辞められたら医院が回らない」「先代の頃から世話になっている」という思いから、注意すべき場面でも強く言えず、結果として特定のスタッフだけがルールの外側に置かれてしまう。これが積み重なると、他のスタッフから見て「あの人だけ特別扱いされている」という不公平感が生まれ、それが新たな分断の火種になります。私自身も、継承したばかりの頃は経験豊富なスタッフに対して強く出られず、結果的に若手を守れなかった経験があります。遠慮は優しさではなく、公平性を失わせる要因になり得るのだと痛感しました。
原因3:不満や本音を吸い上げる仕組みがなく、水面下で結束が進む
日々の小さな不満や違和感を安心して口にできる場が院内にないと、スタッフはそれを同じ立場の仲間内だけで共有するようになります。院長に直接伝えても変わらない、あるいは伝えたことで不利益を受けるかもしれないという不安があると、本音は表舞台ではなく休憩室やSNSのグループチャットの中だけで語られるようになる。こうして「院長には言えないけれど、仲間内では言える」という空気が定着し、水面下での結束が加速していきます。表面的には穏やかに見える医院ほど、実はこの水面下の結束が進んでいるという逆説的な状況が起こりやすいのです。
派閥・お局問題への具体的な対処法
原因が構造にあるとわかれば、打ち手も見えてきます。ここでは、個人を責めるのではなく構造そのものに働きかける、実践的な対処法を4つご紹介します。
対立構造を「見える化」して感情論から切り離す
まず取り組んでいただきたいのが、院内の人間関係を客観的に整理することです。誰と誰が同じグループにいるのか、どのスタッフが影響力を持っているのか、どの若手が孤立しているのかを、感情を交えずに紙やメモに書き出してみてください。これだけでも「あの人が悪い」という感情的な見方から一歩離れ、「このグループとこのグループの間に情報の断絶がある」という構造的な見方に切り替えることができます。ある医院で実際にこの整理を一緒に行ったところ、院長が「敵」だと思っていたベテランスタッフが、実は若手との橋渡し役になり得る立場にいたことがわかり、対応の方向性が大きく変わったことがありました。
お局個人ではなく「グループの力学」に働きかける
特定の一人を注意したり異動させたりしても、根本的な力学が変わらなければ、別の誰かが同じ役割を引き継ぐだけです。大切なのは、影響力のある個人ではなく、グループ全体の力学に働きかけることです。具体的には、これまで固定化していたペア・チームの組み合わせをあえて変えてみる、複数のグループが協力しなければ完結しない業務を意図的に設計する、といった方法が有効です。人を変えようとするのではなく、関係性の組み合わせを変えることで、少しずつ構造そのものがほぐれていきます。
評価制度とルールを明文化し、院長の代わりに機能させる
院長が一人ひとりに気を遣って対応するのではなく、誰から見ても公平だとわかる基準を明文化しておくことが、長期的には最も効果を発揮します。評価項目、役割分担、シフトの決め方といったルールを言語化し、院長個人の裁量ではなく「医院の仕組み」として運用することで、特定のスタッフに気を遣う必要も、逆に不公平だと不満を持たれる余地も減っていきます。ルールが院長に代わって秩序を保ってくれるようになるのです。
第三者を介した面談で「院長対スタッフ」の構図を崩す
院長自身がベテランスタッフと一対一で向き合おうとすると、どうしても「継承者対古参」という緊張関係が前面に出てしまい、本音を引き出しにくくなります。こうした場面では、利害関係のない第三者が間に入ることで、対立の構図そのものを崩すことができます。私たちが医院様のスタッフ面談を代行させていただく際も、まず院長を介さない形で一人ひとりの本音を丁寧に聞き取ることから始めます。すると、これまで「派閥の一員」としか見えていなかったスタッフが、実は院長のことを気にかけながらも、うまく伝える方法がわからずにいただけだった、という事実が見えてくることが少なくありません。第三者の存在が入るだけで、対立の輪郭は驚くほど変わるのです。
今日からできる具体的アクション
考え方が整理できたところで、明日からでも実践できる具体的な行動を3つお伝えします。大きな改革を一気に進める必要はありません。小さな一歩の積み重ねが、対立構造を少しずつゆるめていきます。
まず取り組んでいただきたいのが、派閥の中心にいないスタッフ、特に孤立しがちな若手の声を先に拾うことです。ベテラン層から話を聞くと、どうしてもその視点に引っ張られてしまいます。あえて発言力の弱いスタッフから個別に話を聞くことで、これまで見えていなかった医院の課題が浮かび上がってきます。
次に、全体ミーティングの場で、医院の理念や評価の基準を院長自身の言葉で言語化して共有してください。「何を大切にする医院なのか」「何を基準に評価するのか」が全員に共有されていれば、非公式な序列に頼らなくても、スタッフは自分の立ち位置を理解できるようになります。曖昧なままにしておくことが、派閥という代替の秩序を生み出す土壌になっているのです。
最後に、グループを横断した小さな成功体験を意図的につくることをおすすめします。たとえば、普段は関わりの薄いベテランと若手のペアで、院内の掲示物作成や新しい器材の使い方の共有といった小さなタスクに取り組んでもらう。共同作業を通じて生まれる小さな達成感は、言葉での説得よりもずっと自然に、グループ間の壁を低くしてくれます。
派閥問題を放置した場合と対処した場合の違い
「そのうち落ち着くだろう」と派閥問題を先送りにしてしまう院長は少なくありません。しかし、対立構造は時間とともに自然に解消することはほとんどなく、むしろ固定化・深刻化していく傾向があります。放置した場合と、早期に対処した場合とで、医院にどのような違いが生まれるのかを整理しました。
| 項目 | 放置した場合 | 早期に対処した場合 |
|---|---|---|
| 若手スタッフの定着 | 半年〜1年で離職が続く傾向 | 孤立を防げれば定着率が改善 |
| 院内の情報共有 | 派閥ごとに分断し、院長に情報が届かない | ルールに基づいた共有が機能する |
| 患者対応の質 | スタッフ間の連携ミスが増える | チーム単位での対応がしやすくなる |
| 院長の負担 | 個別対応に追われ疲弊が続く | 仕組みが秩序を保ち負担が軽減 |
| 医院の評判 | 口コミサイトや採用面で悪影響が出やすい | 働きやすい医院として評価されやすい |
このように、派閥問題は単なる「人間関係の悩み」にとどまらず、採用・定着・患者対応・医院の評判といった経営全体に波及していきます。「いつか落ち着くだろう」という先送りが、実は一番コストの高い選択になっていることを、多くの院長先生が後になって実感されています。
まとめ|対立構造は、院長一人で抱え込まなくていい
歯科医院のお局・派閥問題は、特定の困った人物がいるから起こるのではなく、経験年数が序列に直結しやすい業界構造、承継期に生まれる権力の空白、そして本音を吸い上げる仕組みの不在という、複数の要因が重なって生まれる構造的な課題です。だからこそ、個人を変えようとするのではなく、構造そのものに働きかける視点が欠かせません。
私自身、継承したばかりの頃はこの対立構造の中でどう振る舞えばいいのかわからず、板挟みになって疲弊した時期がありました。だからこそお伝えしたいのは、この問題に一人で立ち向かう必要はないということです。対立構造を見える化し、評価の基準を言語化し、必要であれば第三者の力を借りながら、少しずつ関係性の組み合わせを変えていく。それだけで、医院の空気は着実に変わっていきます。
もし今、院内の空気の変化に不安を感じているなら、まずは現状を客観的に整理するところから始めてみてください。そして、一人で抱え込むのが難しいと感じたときは、私たちのような外部のコーチや面談代行というサポートも選択肢の一つとして知っていただけたらと思います。
よくある質問
Q1. 歯科医院で派閥ができやすいのはなぜですか?
女性スタッフが多い閉鎖的な職場で、経験年数が序列に直結しやすいためです。
Q2. お局スタッフにはどう接すればいいですか?
感情的に対立せず、明文化したルールと役割を基準に淡々と対応しましょう。
Q3. 派閥を解消するために院長がすぐできることは何ですか?
孤立しがちな若手の本音を先に聞き、評価基準を言葉にして共有することです。
Q4. お局スタッフを辞めさせることはできますか?
客観的な理由と指導記録が乏しいと解雇は難しく、慎重な対応が必要です。
Q5. 派閥問題を放置するとどうなりますか?
若手の離職が続き、患者対応の質や医院の評判にも悪影響が広がります。
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