「今年も何人辞めた」を、来年こそ言わずに済むために
年末に振り返って、「今年も結局◯人辞めたな」とため息をつく。この繰り返しに、心当たりはないでしょうか。求人媒体を変えても、給与を見直しても、なぜか離職は止まらない——そんな相談を、私はこれまで数え切れないほど受けてきました。
「うちは特別ブラックな環境ではないはずなのに、なぜか人が続かない」。そう感じている院長先生ほど、実は原因が制度ではなく日々の関わり方の中に隠れているケースが多いのです。
実は、離職率の低い医院とそうでない医院の差は、特別な制度の有無ではありません。毎日の小さな習慣の積み重ねが、1年後には大きな差になって表れます。この記事では、離職率が下がっている医院に共通する3つの習慣を、具体的な実践方法とあわせてお伝えします。
どれも今日から始められる、お金のかからない習慣ばかりです。だからこそ多くの医院で見過ごされがちですが、続けている医院とそうでない医院の差は、数年単位で見ると想像以上に大きくなります。
離職率が下がる医院の習慣とは、一言でいえば「スタッフの小さな変化に、制度ではなく日常の中で気づき続けること」です。この定義を軸に、詳しく見ていきましょう。
なぜ離職は止まらないのか、その本質
歯科衛生士の求人倍率は20倍を超えるとも言われる時代です。採用市場が厳しいからこそ、多くの院長先生は「採用」に力を入れます。しかし、離職率を本気で下げたいなら、目を向けるべきは採用ではなく「定着」です。
穴の空いたバケツに水を注ぎ続けても、水位は上がりません。
離職理由の調査では、育児・出産などのライフステージの変化と並んで、職場の人間関係が上位に挙げられ続けています。給与や労働環境ももちろん重要ですが、日々の人間関係の負荷が、最終的に「辞める」という決断を後押しするケースは非常に多いのです。つまり、離職率を下げる本質的な打ち手は、給与テーブルの見直しよりも先に、日々のコミュニケーションの質を上げることにあります。
歯科衛生士業界全体で見ても、一度でも転職を経験した方の割合は7割を超えるというデータがあり、離職・転職は決して珍しい出来事ではありません。だからこそ「辞めるかどうか」の分かれ目は、採用時点ではなく、入職後の日々の関わり方にあるといえます。
習慣1|「小さな変化」に気づく1対1の時間を持つ
離職率の低い医院に共通する1つ目の習慣は、忙しさに埋もれさせない1対1の対話の時間です。
「最近どう?」の一言が言える関係が、辞めるサインを一番早くキャッチします。
多くの医院では、面談は年に1〜2回の評価面談のみというケースが少なくありません。しかし、人の気持ちの変化はもっと早いスピードで起きています。私自身、経営者として組織づくりに関わる中で、「もっと早く気づいていれば」という後悔を院長先生方から何度も聞いてきました。月に1回、5分でもいいので雑談に近い対話の時間を持つことが、変化に気づく最初の一歩になります。
より本音を引き出すための質問の型については、歯科医院の1on1ミーティング導入方法【7ステップ】でも詳しく解説しています。
忙しい診療の合間でも続けられる仕組みにする
大切なのは、完璧な面談を月1回行うことではなく、短くても継続することです。診療の合間、片付けの時間、ちょっとした移動時間。院長先生のスケジュールに無理なく組み込める形を見つけることが、続けるコツです。
私が伴走してきた医院の中には、「毎週水曜の診療後10分だけ」と時間帯を固定したことで、面談自体が特別なイベントではなく日常の一部になったケースがあります。特別感をなくすことも、スタッフの緊張をほぐし本音を引き出す上で意外と効いてきます。
反対に、「話がある」と改まって呼び出す形式だと、スタッフは身構えてしまい、かえって本音が出にくくなることもあります。日常の延長線上に対話の時間を溶け込ませる工夫が、継続のカギになります。
習慣2|心理的に安全な場をつくる
2つ目の習慣は、スタッフが本音を言っても大丈夫だと感じられる環境づくりです。Googleの「プロジェクト・アリストテレス」という生産性に関する調査でも、チームの成果を左右する最大の要因は「心理的安全性」であるという結果が示されています。
「こんなこと言ったら怒られるかも」という空気がある限り、本当の課題は院長のもとに届きません。
心理的安全性は、性格の良し悪しの問題ではなく、日々のやり取りの積み重ねでつくられるものです。例えば、スタッフが意見を言ったときに頭ごなしに否定しない、ミスを報告してくれたことをまず労う、といった小さな対応の積み重ねが土台になります。心理的安全性を具体的にどうつくるかについては、歯科医院の心理的安全性の作り方|院長の実践5ステップで詳しく紹介しています。
有給休暇や評価の「公平感」も安全性の一部
心理的安全性というと対話の場面だけを想像しがちですが、実は有給休暇の取りやすさや評価の公平感も大きく関わっています。「あの人だけ優遇されている」という不公平感は、静かに、しかし確実に信頼関係を蝕んでいきます。
習慣3|「育てる」文化を仕組みにする
3つ目の習慣は、指示待ちのスタッフを生まない「育てる」関わり方を、個人任せにせず医院全体の文化にすることです。
新人が育たない医院の多くは、教える人が「その場任せ」になっています。
新人スタッフの教育を特定の先輩に丸投げしてしまうと、教える側の負担が偏り、教わる側も一貫性のない指導に戸惑います。結果として、双方が疲弊し、どちらかが離職するという悪循環に陥りがちです。誰が・いつ・何を教えるかをあらかじめ決めておくだけで、この悪循環はかなり防げます。
私自身、「教える係が毎回変わるせいで、新人が何度も同じ質問を繰り返している」という現場に何度も出会ってきました。担当を固定するだけのシンプルな工夫で、新人の安心感も、教える側の負担感も大きく変わります。
将来的にリーダーやチーフを育てたい場合も、この土台があってこそです。スタッフをリーダーに育てる具体的な進め方は歯科医院のスタッフをリーダー・チーフに育てる方法にまとめていますので、あわせてご覧ください。
「教える」と「育てる」は違う
手技や知識を教えるティーチングと、本人の力を引き出すコーチング的な関わりは、似ているようで目的が異なります。新人期はティーチングの比重が大きくて構いませんが、独り立ちが近づくにつれて、少しずつ「自分で考えてもらう」関わりに切り替えていくことが、指示待ちを防ぐポイントです。「教えすぎない」ことも、育てる文化の一部です。すべてを先回りして答えてしまうと、スタッフはいつまでも自分で考える機会を持てません。
3つの習慣を医院に根づかせるには
ここまで紹介した3つの習慣に共通するのは、どれも特別な予算やシステムを必要としないという点です。しかし、だからこそ「なんとなく」で終わりやすく、根づかせるには意識的な工夫が要ります。
制度は院長先生が忘れても機能しますが、習慣は忘れた瞬間に途切れます。
3つの習慣はどれも単体では小さな行動ですが、組み合わさることで初めて「安心して長く働ける職場」という土台になります。逆に言えば、どれか1つだけを完璧にやろうとするよりも、3つを少しずつ並行して育てていくほうが、結果として定着への近道になります。
続けるコツは次の3つです。
- 頻度を欲張らない:毎日でなくていいので、まずは月1回から
- 記録を残す:話した内容を簡単にメモしておき、次回の変化と比較できるようにする
- 一人で抱え込まない:院長先生だけで全スタッフを見ようとせず、必要に応じて外部の専門家の力も借りる
離職率が下がっている医院ほど、実はこの「一人で抱え込まない」という判断ができています。有給休暇の公平感をめぐるトラブルなど、院長先生一人では抱えきれない課題については有給休暇の不公平感が生むスタッフ対立と院長の対処法も参考にしてください。
また、習慣を根づかせる過程では、最初の1〜2ヶ月は目に見える変化が乏しく感じられることもあります。ここで諦めて元のやり方に戻してしまうと、スタッフ側にも「結局続かないんだ」という印象を与えてしまいます。効果が見えるまでの「我慢の期間」があることを、あらかじめ織り込んでおくことが継続の秘訣です。3ヶ月を目安に、まずは形だけでも続けてみることをおすすめします。
まとめ|離職率は、日々の習慣の結果です
離職率が低い医院は、特別なことをしているわけではありません。1対1の対話、心理的に安全な場、育てる文化。この3つの習慣を、忙しい診療の合間にも切らさず続けているだけです。
私自身、人間関係に悩んだ経験があるからこそ、「小さな習慣の積み重ねが、結果として一番強い組織をつくる」ということを実感してきました。今日からすべてを完璧に始める必要はありません。まずは1つ、今週から始められることを選んでみてください。
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よくある質問
Q1. 離職率を下げるために、最初に取り組むべき習慣はどれですか?
まずは1対1の対話の時間を持つことから始めることをおすすめします。給与や制度の見直しよりも即効性があり、スタッフの小さな変化に早く気づけるようになるためです。予算をかけずに今日から始められる点も、最初の一歩として選ばれる理由です。
Q2. 心理的安全性を高めるために、具体的に何を変えればいいですか?
スタッフが意見やミスを報告してくれたときに、まず否定せず受け止めることから始めてください。日々の小さな反応の積み重ねが、話しても大丈夫だという安心感につながります。
Q3. 新人教育を「個人任せ」にしないためにはどうすればいいですか?
誰が・いつ・何を教えるかをあらかじめ決めておくことが有効です。担当を明確にするだけで、教える側の負担の偏りと、教わる側の混乱の両方を防ぐことができます。
Q4. 忙しくて1対1の対話の時間がなかなか取れません。
完璧な面談である必要はありません。診療の合間の5分の雑談でも十分です。頻度よりも、途切れさせずに続けることを優先してください。
Q5. これらの習慣を続けても離職が減らない場合はどうすればいいですか?
院長先生お一人で全てを抱え込む必要はありません。外部のコーチや面談代行サービスを活用し、客観的な視点を取り入れることで、見えていなかった原因が明らかになることがあります。院内だけで完結させようとせず、第三者の視点を入れることも定着率向上の有効な一手です。
Q6. 習慣を始めてから効果が出るまでどれくらいかかりますか?
即効性を期待しすぎないことが大切です。目安として3ヶ月ほど続けると、スタッフの表情や発言の量に変化が見え始めることが多く、半年〜1年でようやく離職率の数字にも表れてくるケースが一般的です。
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