昔を知るスタッフに院長と見られない訳

診療室に立ち、白衣を着て、名札には「院長」と書かれている。それなのに、長く勤めるベテランスタッフの前に立つと、なぜか背筋がすっと縮こまる。そんな感覚を抱いたことはありませんか。

「先生、それは前のやり方でやりますね」
「まだお若いから分からないかもしれませんけど」

悪気はないのかもしれません。むしろ、あなたのことを子どもの頃から知っているからこその親しみなのかもしれません。けれど、こちらが方針を伝えても、どこか「はいはい」と受け流されているような気がする。指示が、すっと通らない。自分は院長という立場にいるはずなのに、そのスタッフの中では、いつまでも「先代の息子さん」「昔から知っているあの子」のままなのではないか——そんな居心地の悪さに、静かに疲れてはいないでしょうか。

あなたが院長として見てもらえないのは、あなたに実力がないからではありません。

実は私自身も、まったく同じ壁の前で長く立ち止まっていました。医院を引き継いだ当初、いちばん手強かったのは経営でも診療でもなく、幼い頃から私を知っているベテランスタッフとの関係でした。その方は、私がまだランドセルを背負っていた頃から医院にいて、待合室で宿題をしていた私を見守ってくれていた人です。だからこそ、私が院長として指示を出しても、心のどこかで「あの坊ちゃんが何を言っているんだろう」というフィルターがかかっているように感じてしまい、何を言っても本当の意味では届いていない気がしていました。今日はそんな、昔から自分を知るスタッフに院長として認めてもらえずに悩むあなたへ、私が回り道の末にたどり着いたことを、経験も交えてお話ししたいと思います。

目次

それは「役職」ではなく「記憶」との戦いです

多くの二代目・三代目院長が、この悩みを「自分にはまだ院長としての貫禄や実力が足りないからだ」と解釈してしまいます。だから、もっと威厳を出そう、もっと知識で圧倒しよう、もっと強く指示を出そうと、力の入れ方をどんどん「上に立つ」方向へ向けていきます。

けれど、ここに落とし穴があります。昔からあなたを知っているスタッフが本当に見ているのは、今日のあなたの役職ではなく、長い時間をかけて積み上がった「あなたの記憶」だからです。彼女たちの頭の中には、緊張して初めて診療に入った日のあなた、先代に叱られてうつむいていたあなた、成長の途中でつまずいたあなたが、はっきりと残っています。

つまり、あなたが戦っている相手は「今の評価」ではなく「過去の記憶」なのです。ここを取り違えると、いくら威厳を演出しても、いくら正論をぶつけても、相手の中の記憶とあなたの態度がちぐはぐに見えてしまい、かえって「無理をしている」「背伸びしている」という印象だけが強まってしまいます。

あなたが越えるべきなのは、スタッフの評価ではなく、スタッフの中に残った時間そのものなのです。

問題の本質は、能力の有無ではありません。「昔を知っている人ほど、新しいあなたを受け入れるのに時間がかかる」という、人間の心のごく自然な仕組みにあります。だからこそ、力で押し切ろうとするほど関係はこじれ、逆に正しく向き合えば、その人はいちばん強い味方に変わります。

なぜ院長として見てもらえないのか——3つの原因

原因①:あなた自身が「昔の自分」を引きずっている

意外に思われるかもしれませんが、最初の原因はスタッフ側ではなく、あなた自身の中にあります。幼い頃から知られているという事実に、あなた自身が引け目を感じているのです。

たとえば、ベテランスタッフの前でだけ声が小さくなる。指示を出すときに「すみませんが」「もし良ければ」と前置きが増える。反論されると、反射的に「まあ、そうですよね」と引いてしまう。これらはすべて、あなたの中の「まだ認めてもらえていない子ども」が顔を出している瞬間です。

スタッフは、その微妙な態度を驚くほど敏感に読み取ります。院長本人が自分を院長として扱いきれていないのに、スタッフだけに院長として扱えというのは、実は難しい注文なのです。まずは、あなた自身が「私はこの医院の院長だ」と、静かに、しかし確かに引き受けることから、すべては始まります。

原因②:先代との「二重構造」が残っている

二つ目の原因は、先代の存在が物理的にも心理的にも現場に残っていることです。とくに先代が今も診療に入っていたり、週に数回顔を出していたりする場合、スタッフの中には「困ったら先代に聞けばいい」という回路がしっかり残っています。

すると、あなたが新しい方針を示しても、スタッフは無意識に「これ、先代はどう思うかな」と別の基準で判断してしまいます。指示系統が二本ある状態では、どれだけあなたが正しくても、あなたの言葉は「二つあるうちの一つ」にしかならないのです。これは、あなたの言葉が軽いのではなく、構造上そうなってしまっているだけです。だからこそ、この二重構造を放置せず、意図して整理していく必要があります。

原因③:「実績の共有体験」がまだ少ない

三つ目は、あなたとそのスタッフが「一緒に何かを乗り越えた経験」をまだ十分に持っていない、ということです。

信頼というのは、肩書きではなく共有した時間の質から生まれます。先代とベテランスタッフの間には、大変だった時期を一緒に踏ん張った、クレームに二人で頭を下げた、といった濃い共有体験が何年分も積み重なっています。一方であなたとの間には、まだその蓄積が薄い。だから、同じ言葉を発しても、先代の言葉には重みがあり、あなたの言葉には実感が伴わない、という差が生まれてしまうのです。これは時間の問題であると同時に、意図してつくれる問題でもあります。

具体例:ある三代目院長のケース

私が以前お話をうかがった、ある三代目の院長先生の例をご紹介します。その先生は、祖父の代から続く医院を引き継いだばかりでした。医院には、母親の代から二十年以上勤める歯科衛生士のリーダーがいて、その人が事実上、現場を仕切っていました。

新しい院長は、予約システムのデジタル化や、感染対策のマニュアル刷新など、次々と改革を打ち出しました。どれも正しく、時代に合った判断でした。ところが、そのベテランリーダーは会議のたびに「うちの患者さんにはまだ早い」「前のやり方で困っていない」と首を縦に振りません。院長が強く押し切ろうとすると、若いスタッフたちまでリーダーの顔色をうかがい、医院全体がふたつに割れかけたそうです。

転機になったのは、院長が改革の話をいったん止めて、リーダーに「この二十年で、いちばん大変だったのはいつでしたか」と尋ねた日でした。リーダーは、経営が傾きかけた時期に無給覚悟で残ってくれたこと、患者さんの信頼を必死につなぎとめたことを、涙ながらに語ってくれたそうです。院長はそこで初めて、自分が変えようとしていたものの下に、どれだけの人の踏ん張りが積み重なっていたかを知りました。そこから関係は少しずつ変わり、半年後にはそのリーダーが、誰よりも早く新システムの使い方を若手に教える側に回っていたといいます。

相手の過去を軽んじたまま、未来だけを語っても、人は決して動いてくれないのです。

解決方法——「上に立つ」のをやめる

では、どうすればいいのでしょうか。結論から言えば、認めさせようとするのをやめて、一緒に働く仲間として向き合い直すことです。

私が変われたきっかけは、あるベテランスタッフに、思い切ってこう伝えた日でした。「実は僕、〇〇さんの前だとどうしても緊張してしまうんです。小さい頃から見てもらっていたから。でも、この医院をもっと良くしたいという気持ちは、先代にも負けないつもりです。力を貸してもらえませんか」。威厳を演出するのとは正反対の、弱さを開示するアプローチです。

すると、それまで一枚壁があったその人の表情が、ふっとやわらぎました。「先生がそんなふうに思ってたなんて。私、ずっと先生を試すようなこと言ってたかもしれませんね」と。認めてもらおうと力んでいたときには決して開かなかった扉が、こちらが先に心を開いた瞬間に、静かに開いたのです。

信頼は、勝ち取るものではなく、先に差し出すものだったのです。

具体的には、方向性を三つに整理できます。一つ目は、過去の記憶を否定せず、むしろ尊重すること。「先代のこのやり方は本当に良かったので残したいんです」と、相手が大切にしてきたものを守る姿勢を見せる。二つ目は、先代とあなたの役割の線引きを、あなたの口からはっきり示すこと。曖昧な二重構造を放置せず、「日々の診療の判断は私が責任を持ちます」と宣言する。三つ目は、小さくてもいいので、そのスタッフと一緒に成し遂げる体験を意図的につくること。共有した成功が一つあるだけで、関係の質は驚くほど変わります。

今日からできる具体的なアクション

明日いきなり関係を変えようとする必要はありません。今日からできる、小さな一歩をお伝えします。

まず、ベテランスタッフ一人に、五分だけ「教えてください」と頭を下げることから始めてみてください。「〇〇さんが長く見てきたこの医院で、ここだけは変えないほうがいいと思うところはありますか」。この問いは、相手の記憶と誇りを正面から尊重する問いです。あなたが変えたいことではなく、相手が守りたいことから聞く。順番を逆にするだけで、相手の身構えは大きくやわらぎます。

次に、その人が話してくれた内容の中から、一つでいいので実際に医院に取り入れて、翌週に「先日いただいた話、さっそくこうしてみました。ありがとうございました」と報告してください。意見を聞くだけで終わらせず、目に見える形で反映することで、「この院長は、自分の言葉をちゃんと受け止めてくれる」という実感が生まれます。

そしてもう一つ。もし先代がまだ現場に関わっているなら、先代に対して「診療方針についてスタッフが迷わないよう、日々の判断は僕に一本化させてほしい」と、あなたから相談してみてください。これは先代を否定することではなく、スタッフを迷わせないための整理です。指示系統を一本にする責任は、ほかでもないあなたにしか取れません。

今日あなたに必要なのは、強く見せる勇気ではなく、先に頭を下げる勇気です。

陥りやすい落とし穴——焦って一気に変えないこと

ここで、多くの院長がつまずくポイントをお伝えしておきます。それは、「良い関係が少し見えてきた」と感じた瞬間に、一気に距離を詰めようとしてしまうことです。

たとえば、ベテランスタッフが一度心を開いてくれたからといって、翌週から次々と改革を持ち込めば、相手は「やっぱり自分は利用されただけだったのか」と、かえって心を閉ざしてしまいます。信頼は、水をやりすぎた植物のように、急に量を増やせば根が傷んでしまうものです。焦らず、相手のペースを尊重しながら、一つずつ積み重ねていく姿勢が欠かせません。

もう一つ気をつけたいのは、「特定のベテランだけを特別扱いしている」と、ほかの若手スタッフに見えてしまうことです。一人との関係修復に集中するあまり、周囲が「あの人ばかりえこひいきされている」と感じれば、新たな不満の火種になります。ベテランに敬意を払うことと、全体に公平であることは、両立させなければなりません。院長という立場は、誰か一人の味方になることではなく、医院全体の空気に責任を持つことなのだと、私は遠回りの末に学びました。

信頼は一気に築くものではなく、日々の小さな積み重ねの結果として、あとから振り返って気づくものなのです。

私自身、あのベテランスタッフとの関係が本当に変わったと実感できたのは、和解の会話から一年近くたった頃でした。ある日、若いスタッフが私の指示に戸惑っていたとき、そのベテランが横から「先生の言いたいことはこうよ」と、私以上に的確にフォローしてくれたのです。かつて私を「坊ちゃん」として見ていた人が、いつのまにか私のいちばんの理解者になっていました。時間はかかります。けれど、正しい方向に一歩ずつ進めば、その日は必ず訪れます。

まとめ

昔からあなたを知るスタッフに院長として見てもらえない——その苦しさは、あなたの実力不足から来ているのではありません。それは、相手の中に積み重なった「時間」と「記憶」に、あなたがこれから新しい記憶を上書きしていく、その途中に立っているというだけのことです。

認めさせようと力むほど、扉は固くなります。けれど、こちらが先に弱さを開き、相手の誇りを尊重し、小さな成功を一緒に積み重ねていけば、昔からあなたを知っているという事実は、いつか最強の味方に変わります。あなたの成長を誰よりも近くで見てきた人ほど、本気で味方になったときの力は大きいのです。かつての私がそうだったように、あなたも必ず、その扉を開けることができます。

とはいえ、一人で抱えていると、どうしても「認めてもらえない」という思いばかりが大きくなってしまうものです。あなたの医院の状況、そのスタッフとのこれまでの関係、先代との距離感——それらを丁寧に整理すれば、あなたに合った具体的な一歩は必ず見つかります。同じ場所で悩んできた者として、その整理を一緒にお手伝いできればと思います。

まずは気持ちを言葉にするところから始めてみませんか。無料相談はこちらから、どうぞお気軽にお声がけください。

この記事を書いた人

梅田 亮のアバター 梅田 亮 代表取締役

株式会社PlumChan 代表取締役。医科・歯科専門でコーチング技術を用いたコミュニケーション研修やスタッフ面談代行を行い、心理的安全性の高い職場づくりを行っています。

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